大学入試・黒歴史

センター試験が終わって本試験が始まる時期ですな。まあ大学なんて適当にやって
適当なとこ行けばいいんだが。自分がセンター試験受けた時は800点満点中530点で
お世辞にもいいとは言えない点数だった。東大狙うなら700は無いと厳しいとかで、
明治・中央辺りを本命にするにしてももう少しマシな点数だろう。しかも文系なのに
国語が全国平均以下という勇者だった。もともと理系志望で天文学をやりたいと思って
いたけど、生物・地学が平均以下・物理が大幅に平均以下という有様で、進路を決める
判断になる実力テストでは物理が50点満点の平均7点という悪夢のテストだったとはいえ
0点を取るという快挙を成し遂げ、先生に「お前理系無理」と烙印を押された。というわけで
入試も文系で受けていたわけで、このセンター試験の点数なのに何を間違ったか
「二次で頑張れば一橋大とか受かっちゃうんじゃね?」と勘違いし、受けてしまった。
 
そしてテスト当日。国語の問題を見て硬直。やべえ何もわからねえ。。。という状況で
既に思考停止。テストの半分を過ぎた辺りで諦めてテスト中に熟睡。ダメだこいつ早く(ry
結果、後ろから解答用紙を集める段階で名前以外真っ白の答案というもしかしたら
史上初かもしれない珍事を達成。誰だって1点でも欲しいから何かしら書くだろうに、
本当にまっさらの白紙。ああ、俺には無理だったよセバスチャン。そもそも文系で
国語が苦手という時点で致命的ではあるのだが。唯一人より出来たのが漢字の
読み書きだけ。まあ自分の実力は弁えましょうという教訓ですね('-'*)
 
親としては今まで学費とか教育費とか払ってるんだからまともな大学出て安定した
職について欲しいというのはあるかもしれないが、結局それは押し付けなんだよな。
大学にいったから幸福とかいい企業に勤めたから幸福とか自分の物差しで計って
子供にそれを期待するのは偽善だ。勿論働いて妻子の世話をしてやってるという
気持ちもあるに違いない。金を掛けるだけ掛けて乞食にでもなられたら堪らない。
 
それでもそれは「見返りを求める」行為だというのは知っておいて欲しい。見返りを
求めるのは愛ではない。「俺が夜遅くまで仕事しているんだから食事くらい作って
置いて欲しい」「子育てて忙しいんだから掃除位して欲しい」などと言うのは口に出して
お願いしていれば契約と言えるが、勝手に思い込んで期待してやってくれなかったら
失望するのは筋違いだ。仲が良い夫婦なら何も言わなくても以心伝心でやってくれる
こともあるだろうが、それは例外なので大抵の夫婦は自分に都合のいい相方像を
期待して勝手に幻滅する。離婚率が高いのも納得だ。相手に幻滅・失望しない
秘訣はやって欲しい事があるなら口できちんと伝えること。それ以外には相手に
何も期待しないこと。期待しなければ裏切られることもないし、何かやってくれたら
それは確実にプラスなので嬉しい。期待が前提にあるとやってくれてプラマイゼロ、
やってくれないとマイナスになる。思考がポジティブかネガティブかはそういった
ことの積み重ねである。
 
思い込まない・先入観を捨てる・常にゼロベースで物事を考え、あるがままを
受け入れることはより多くの幸福感を感じるためには重要だ。自分に関して言えば、
愚痴をいう事もあるが基本はやりたいようにやっている。音楽を聴きたいときに聴いて
ゲームをやりたいときにやって抜きたい時に抜いて食いたい時に食う。これ以上の
幸福は存在すまい。いつもどおり、自分どおり。何も問題は無い。人は金の力で
幸せになるのではなく、他人の力で幸せになるのでもなく、心の力で幸せになるのだ。
それを忘れた時に、自分にはもっと多くが望めるはずだと勘違いし、そして手が
届かなかった結果、自分には望んでいた幸せが無いと思い込んで不幸になるだろう。