他人を否定すること

よく「自分は人に否定される。他人は自分を認めてくれない」という人を見かける。これは何故か?
理由はいたってシンプルだ。その人は他人を否定しているから自分も他人に否定されるのである。
これは夫婦の間でもあることだ。例を挙げてみよう。妻が夫に「自分はこんなに尽くしているのに
労いの言葉一つもかけてくれない」と思っているとする。この時、自分は相手のために頑張って
いるのだから見返りがあって当然だと考えているわけだが、相手の立場・思いについて全く考えずに
一方通行のコミュニケーションをしている。相手がどう考えているかを「否定」して自分の枠に
当てはめようとしているわけだ。一般的な専業主婦家庭だったら(共働きかも知れないが)、夫は
妻のために働いているわけで、向こうも同じことを考えているかもしれない。そういったことを
無視して自分の考えだけぶつければコミュニケーション不全になるのは自然な流れだ。相手が
自分を否定しているのではなく、自分が相手を否定しているから反作用として自分に跳ね返って
来ているというのが真実である。
 
この反作用は双方向の意思疎通に限ったことではない。例えば、常日頃から誰かを呪っている人を
考えてみるといい(呪術的な意味ではなく、「あの野郎○○しやがる」など愚痴を言いまくるという意味)
その人が「あいつ彼女なんか作りやがって。死ね死ね死ね」と思ったとしよう。その時、相手に対して
ネガティブな思考をぶつけていることになるが、反作用として相手に対して思ったことは自分に跳ね返る。
RPG的に言えば相手に5ダメージを与えるが自分も5ダメージ食らう。これを毎日繰り返せばどうなるか。
特定の相手を呪い続ければ多少は相手も弱るかもしれないが、こういう人はえてして不特定多数の相手を呪う。
なのでネガティブな思考を向けられた人は浅く広くで殆ど影響がないにも拘らず、念を送った本人は
ダメージを受け続けるわけで顔色も悪くなり、ロクな死に方をしないだろう。見てみればわかるが、
舌打ちばかりする人は目つきが悪いし顔色も悪いことが多い。思考は4次元の波であり、光よりも早く伝播するから
ポジティブであれネガティブであれ即座に影響を受ける。では世間一般でいうところの悪代官みたいな人間は
必ずネガティブな念により早死にするのかというとそうではない。理由はシンプルで、彼らは別に他人を
呪ってはいないからだ。他人を利用することはあってもネガティブな念を向けてはいないために
ネガティブな影響を受けない。ビル○イツが殺人ワクチンを作っても、自分の踏み台になってくれて
有難うと思っているとしたらむしろポジティブな影響すら受けているかもしれない。世知辛い世の中だ。
 
1つ言えることは、全ては作用・反作用で成り立っているので出来るだけネガティブな思考を放射しない。
「人を呪わば穴二つ」は事実に基づいた真理であるという事だ。マイナス思考はしないに限る。
基本的に上記の例は「他人のせいにする」行動が多い人にありがちなので注意した方がいいだろう。
全ての結果は意識的にせよ無意識にせよ自分の行動が引き寄せているに過ぎないという事だ。
他人がどうこう云々は関係ない。自分が「悪い」から他人が「悪く」見えるだけである。
掛ける眼鏡を変えれば世界は輝いても見えるし灰色にも見える。好きな眼鏡を使うと良い。
せっかくだから俺は視姦が出来る眼鏡を使うぜうわなにをするやm